バックパッカーの聖地に行ったマイナー旅日記
何もないと知りながら通な国に行ったことがあるとしゃべりたいだけでラオスに行った旅日記です。とっても古い情報満載ですが読んでいただけると幸いです。昔はマジックマッシュルームや葉っぱなど規制がゆるゆるな怪しさ満点の東南アジアって感じでした。
バックパッカーの聖地ラオス
「やっぱりラオスかな~」。東南アジアバックパッカーに訪れて良かった国を聞くと、こういった回答が返ってくることが多かった。何が良かったかと聞いても「何もないゆったりとした時間が~」とだいたい曖昧な返答を貰う。
行ってみたい。ラオス。私も行ってみたいぞラオス。いや、正しくは”言ってみたい“。
「ラオスはよかったよ~。ゆっくりとした時間が流れて何にも代えがたかった」といかにもバックパッカーのようなセリフを言ってみたかった。
当時の私はタイやカンボジア、ベトナムなどは2~3週間で回ったことあるバックパッカーもどきであったが、これといった特別なところは行けてはいない。タイのバックパッカーの聖地カオサン通りも、2014年の時点ですでにパーティー通り感が少しづつ出始め、小説で読んだ世界中の旅人が安宿を求めて訪れるといった雰囲気は既に薄れ始めてきていた。
(写真)2013年くらいのカオサン通り。懐かしい。2026年は更にパーティー通りになっている


ということでなんちゃってバックぱーっかーから真のバックパッカーになるためにラオスに行くことにした。バックパッカーの必須要件知らないけど。私は飛行機で首都ヴィエンチャンに降り立った。
バックパッカーの聖地 ヴァンヴィエンへの移動
空港に降りたち直ぐに向かったところは首都ヴィエンチャンから車で3時間のヴァンヴィエン。理由は二つ
- 首都ヴィエンチャンは何も見るところがない。何もないことが売りのラオスでも流石に何もなさすぎる
- ヴァンヴィエンはタイでいうと事のカオサン通りのようなバックパッカーが集まる所らしい。真のバックパッカーになるための実績解除のために訪れる必要がある
(写真)東南アジアではお馴染みバスターミナルから移動


(写真)危険物と相席のバス旅。人が全然いなく何のガスが入っていないボンベの方が多い


バスの窓から見える景色はとてものどか。そうよこれ!こののどかさを求めてたのよ!忙しい大学院生時代の研究漬けから脱出して感じるアジアの風と空気はとても美味しい気がした。
実際は未舗装の道路の砂ぼこりがひどく、美味しい空気とは程遠いが。
(写真)未舗装の幹線道路と連日の雨で浸水しまくってる幹線道路。


ちょこちょこ現地人が乗り降りしつつ、バスは順調にヴァンヴィエンに向かった。現地人が乗り降りと言ったが正しくは現地人が降りて、その代わりに謎の荷物がどんどん積載されていく。
人<<貨物量の方が多い長距離バス。
(写真)肥料なのか米なのか不明の貨物。足の踏み場がない。このボンベガス漏れしないよね?


2026年現在、海外旅行もスマホがどこでも繋がりGPSも確認できるから今自分がどこにいるか、どこに向かっているかわかりやすく長距離バスも安心だ。しかしこのころは、海外SIMなど文化もなくWIFIをカフェで探さない限りネットに繋げられず自分が今どこにいるかわからなかった。
怖いよね。このバス本当に目的地に向かうのか?これ本当に貨物バスじゃないよね?など不安がずっと付きまとう。しかしこのドキドキも、今となっては旅の醍醐味だったんだろう。今となってはたまにスマホを持たず海外旅行してみたくなる。現実的ではないけど…
ヴァンヴィエンの街散策
そんなこんなでヴァンヴィエン到着。もう真っ暗でまずは適当に宿を決めて、ご飯を頂くことにした。あ、もちろんバックパッカー憧れがあるので宿は決めていないです。地球の歩き方片手に決めています。
(写真)カフェから見るヴァンヴィエンの街の雰囲気。先述のカオサンよりだいぶ落ち着いている


(写真)ラオス飯。だいたいもち米を使用しており、タイっぽい味付け。うんまい。


安宿で一夜を明かし、初めてヴァンヴィエンの全貌が確認できた。
「うわ~めっちゃ田舎!東南アジアらしい茶色い川と何もない街!これこれ~バックパッカーしてる~」。私は高揚していた。なんていたってこれで自分も胸を張ってバックパッカーを名乗れるからだ。
(写真)期待通りのヴァンヴィエンの風景


この川はNam Xong(ナム・ソング川)と呼ばれているヴァンヴィエンの一大ポイント。この川を自動車タイヤのチューブに乗って、泥酔したまま(マジックマッシュルームでキメながら)下るのが一大アクティビティーだった。
2026年現在はそんな危険な状態でチュービングはできないが、2015年の当時はまだまだそのような荒廃的な遊びが流行っていた。レストランでもメニューの頭にHappyの文字が書いてあるものは、キノコ入りであった。いい時代である。
私はキノコは頂かなかったが、宿の共有スペースにいるローカルおじさん手作りの酒のせいで毎日そこそこ酔っていた。瓶に謎の草をパンパンに詰め、そこに謎の酒で漬かっている。これを毎朝宿を出るたびに飲まされるのだ。たまったもんじゃない。美味しくないし、この草は一体…という気持ちでいっぱい。この状態でのチュービングは非常に楽しかった。
(写真)薬草じじい。勧められる酒を断ると明確に不機嫌になり謎の言葉を浴びせてくる。

上の写真の2名は宿にいた日本人。何だかんだ私のラオス滞在期間はずっと一緒にいたお二人であった。もちろんこの二人も薬草じじいの酒を毎日飲まされていた。なんなら酒を楽しんでいた強者。
彼らは帰国後も大学の学際に遊びに来てくれたフットワークの軽いナイスガイだった。
ブルーラグーン
話をヴァンヴィエンに戻そう。のどかな街のヴァンヴィエンもちょっと郊外に出れば一大観光地「ブルーラグーン」がある。聞くところによると美しい神秘的な池がありそこで泳げる桃源郷だとか。
(写真)のどかなヴァンヴィエンの風景2。木製の橋や外壁のない家


茶色い川には飽きてきたので、私はブルーラグーンに向かった。ミニバンに乗ってレッツゴー
箱乗り、屋根乗りなんでもござれのフリースタイル。こも最高にバックパックしてる感じになる。これよこれ。
(写真)もっとのどかなブルーラグーンへの道のり


(写真)途中抜かるみにはまった車もみんなで助ける

車の救助で泥だらけになり、汗だくでやっと到着したブルーラグーンはこちら。
「あんまりブルーじゃないなー」。まぁここは無理していかなくてもいいかも。絶景ではない。
(写真)ブルーラグーンの飛び込み。なぜか大量の韓国人がいた。

次の街 ルアンパバーンへ
ゆるゆるのキノコと酒の街を満喫し、私は次なる都市ルアンパバーンに向かうことにした。一緒に行動していた日本人2名も一緒にきてくれるとのこと。嬉しい。このころは英語も喋れなかったのでやっぱり自然と日本人とつるんでいた。なんやかんや一人バックパックは寂しいもんねぇ
私たち3名は薬草じじいに最後のお別れと、最後の謎酒ショットをあおりヴァンヴィエンを去った。
ラオス旅日記②に続きます。



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